Cinema Life Career

映画紹介を中心に、仕事観やキャリアについてなど、世界観や見えていること、日常の中で感じていることを徒然なるままに綴っていきます。

【映画】三度目の殺人〜真実が見え隠れする現代社会のメタファー〜

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司法の存在意義とどうしていけばよいかで悩む人の葛藤を、サスペンス仕掛けで、重厚に描き切っている映画。

ただ三隅(役所広司)の会うたびに異なる供述、三隅を取り巻く人の証言や回想に振り回されるだけの映画ではない。

なぜ三隅は会うたびに供述を変えていくのか、弁護士として被告人の供述を信じるかどうか(被告人の意志を尊重するかどうか)、それを信じた先に司法・裁判はどのように動くのか、三隅はどうなっていくか、を気にしながら観ることをおすすめしたい。

いずれかだけに着目をすると少し微妙に映るかもしれないが、一つの作品で様々なことを考えさせられるので、いずれかに着目するのはもったいない。

被告人三隅の立場、弁護士重盛(福山雅治)の立場、亡くなった(殺された?)父親の娘咲江(広瀬すず)の立場、妻美津江(斉藤由貴)の立場、検察官(市川実日子)の立場。
いずれもの立場から事件を追っていくことで、非常に深みが出ている。

現実も同じような形で、一つの裁判、事件の背景にはたくさんの人の色んな思いや考え、はたまた思惑などが混在しており、そこには司法や裁判だけではどうにもならないこともあることが伝えられ、こういった場合の司法そのものの存在意義までもを突きつけてくる。

結局真実は委ねられるような形で、これは鑑賞者によって、解釈が異なる作品であろう。
誰を信じて、誰に感情移入していくかにより、変わってくる。

三隅は咲江を守るための供述だったのか、重盛は何を信じていたのか、三隅と美津江はどこまでお互い知っていてどこまでの関係だったのか、亡くなった父親はどんな人でどんなことをしていたのか。

知っている人が知っているが、その人が真実を全て話すとは限らないし、全ての証拠を掴み取れるわけではない。
ある程度、推測で考えたり、話したりしないといけないときに、何に委ねるかを試されているような感覚。

「誰もが平等になり得る(生きられる)とは限らない」
「命は知らないうちに選別されている」
どういう状態や状況で生まれるか、どう育つか、生きていく中でどんなことが起こるか、それは自分で決められずに、自分以外に委ねられる(振り回される)こともあるのが人生である。
もちろん「理不尽」もある。

その時々で答えを出さないといけないと判断を迫られるときの葛藤、それが正しかったかどうかで揺れ動く心情と後悔。
ときに出てくるイメージや妄想、こうであればという理想に、答えを委ねて、責任から逃れたい気持ちがわかる。
決断する事象が重ければ重いほど、その代償は大きくなり、忘れることが難しく、記憶に残ってくる。
そんな弁護士という職業の難しさも描かれている。

裁くのは決して裁判官だけではない。
証言と真実は異なることがある。
本当の真実だけで前進させることができるとは限らず、それができないもやもやが最後まで残る。
消化しきるまでにはもう少し時間がかかりそう。
真実は見え隠れし、結果的に鑑賞者に委ねられたが、これもあえてなんかなー。
真実が明らかにならない現代社会のメタファー。

「三度目」の殺人の意味は、最後にわかります。

役所広司福山雅治の「顔」と「威圧感」のある演技の横行、広瀬すずの闇を持った少女の演技も個人的には、見物(みもの)でした。

是枝監督も本当に「現代社会の現実」のありのままをしっかりと描き切ってくれる好きな監督の中のお一人です。