Cinema Life Career

映画紹介を中心に、仕事観やキャリアについてなど、世界観や見えていること、日常の中で感じていることを徒然なるままに綴っていきます。

【映画】エルネスト もう一人のゲバラ 〜理想主義者の覚悟と決断〜

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扱う題材はすごくいいと思うけど、この内容であれば、チェ・ゲバラの方にもっとスポットを当てて、ストーリーを進めた方が濃密な映画になったのではなかろうか、と思った。
というよりも、フレディ前村は、映画として描くには少し物足りなさがあるような気がしたのは、監督の手腕なのかどうなのかはわからない。

ただ、名優のオダギリジョーが主演で映画化されることによって、多くの人にチェ・ゲバラの存在とフレディ前村の存在が、今の世の中に知れ渡ることが目的であれば、この映画化はよかったと思う。

自分自身、チェ・ゲバラの存在とフレディ前村の存在はこの映画で知ることになった。
それこそ、オダギリジョーが主演じゃなければ、今作も観ることはなかっただろうし、存在自体も知らないまま日々を過ごすことになった。

チェ・ゲバラは、極端すぎるのではないかと思えるほどの理想主義者である。
ただその理想主義と類稀なカリスマ性で、キューバ革命を実現する。
彼の名言「もし我々を空想家のようだと言うなら、救い難い理想主義者だと言うなら、できもしないことを考えていると言うなら、我々は何千回でも答えよう。その通りだと」があるように、彼は大きい理想を掲げて、それに近づくために努めていくことこそが、生きがいであり、彼の生き様となっていた。
キューバ革命に至るまでの、彼をもっと深掘りして見てみたいと思った。

でも、今作はチェ・ゲバラではなく、フレディ前村(オダギリジョー)が軸となり、ストーリーが展開されていく。
フレディ前村はどこまでも高潔で、自分の正義を貫いていく男であった。
話が進んでいくと、確かに彼はチェ・ゲバラに似ている考え方を持っていたように思える。
自分の軸をブラさない、理想を掲げそこに向かって一直線に進んでいく。
少し違ったのは、それを実現するための力や能力がまだ足りなかったということ、まだまだ若すぎたということ。

また、意外だったのはチェ・ゲバラの行動と力の源が、「怒り」から来ていたものであった。
「怒り」と「憎しみ」をわけて、憎しみはダメだが、怒りは力に変わると解くチェ・ゲバラ
大きな理想は、「怒り」から生まれ、それが彼の源となっていたことには、驚いた。
でも、よくよく考えてみると、あらゆる革命は、「不満」が元になって起こってることから、「怒り」を力にというのが、のちに妙に納得することに。

ただ、今作からはフレディ前村が「怒り」から力や行動に繋がる点をあまり見出すことができなかったし、それぞれの行動や一番大きな決断ボリビア戦線に至るまでの悩みや葛藤の部分、決め手になった決断するまでの過程が、淡々としすぎていて、その部分の描写が浅かったのが残念だった。

それは、原作からは出ていなかったことだからなのかはわからないが、偉人を作品にするときは、そこの描写が一番重要な気がする。

そこの描写なくして、フレディ前村という男が軸となったドキュメンタリーのようなストーリーが淡々と展開されていっただけだったというのが、物足りなさを感じた理由。

また、「世界は変えられる」というキャッチコピーがあまりにも腑に落ちない。
チェ・ゲバラキューバ革命までを描く映画であれば、おそらく納得したのだろうが、今作では世界を変えられた感じはないし、「取り巻く人々を変えた」ことの方が腑に落ちる。
チェ・ゲバラほどの大きな影響力はなかったものの、フレディ前村にもカリスマ性はあったように見えて、少しずつ周りの人々を信念と言動力と行動で変えていくその姿には、目を見張るものがあった。

理想を掲げることは、大変かもしれないが、その理想は生きがいになるし、原動力になること。
自分に正直に生きていくべきであること。
人は決断をする覚悟を持っておかないといけないこと。
この辺りを作品を通して感じることができたのはよかった。

そしてオダギリジョーの演技が本当によかった。
この作品に色んな思いが込めっているのがわかる。
それこそ、オダギリジョーの演技を観るためだけでも、十分に鑑賞する価値はあったかな・・・

闇の子供たち同様、ストーリーを追って事実を並べるだけではなく、もう少し心情や人間模様の部分を深く描いてもらえたらこの作品はもっと深みが出てよかったと思う。
最後も無理やり持っていった感あるのが否めない。