Cinema Life Career

映画紹介を中心に、仕事観やキャリアについてなど、世界観や見えていること、日常の中で感じていることを徒然なるままに綴っていきます。

【映画】少女邂逅 〜君だけでよかった、君だけがよかった〜

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少女邂逅

君だけでよかった。
君だけがよかった。

2018年観たかったのに観れなかった作品を鑑賞しよう第六弾。

いじめられたことをきっかけに声が出なくなった小原ミユリ(保紫萌香)。
リストカットをしようとするも勇気がなくできない。
ミユリは山の中で拾った蚕に紬と名付け、こっそり大切に飼っていた。
しかし、いじめっ子の清水に蚕の存在がバレ、捨てられてしまい、ミユリは窮屈な世界の中で生きていくことに絶望する。
その次の日、ミユリの通う学校に富田紬という少女(モトーラ世理奈)が転校してきて…

同質であることを求められる狭い世界の中で繰り広げられる人間関係の中で、自分の考えなんて持つこともできないくらいに余裕のない脆さの象徴である少女たち。
そして、蚕をメタファーとして表現される少女たちの生き方。

孤独にもなり切ることができない弱さが、決められた集団生活の中で過ごさないといけない圧力に負け、本当の自分の想いと大切な人を裏切ってしまうことになるのも、唯一の救いであった人に裏切られたように思ってしまい、この世界の中で生きられなくなるのも、当人だけではどうしようもない行き所のなさとして生々しく映し出されてるのが強烈で、言葉でなかなか表すことができない。
この想い自体ももはやどう表現したらよいかわからない。

ただただ痛くて、こんな少女たちが自分に正直に生きられなくなるのは、誰の責任と一括りには言えないけど辛い。
それだけは言える。

弱くて脆くて誰かと繋がりたいという強い思いがあるからこそ生まれる相互補完の関係は、初めはお互いへの依存に見えつつも、呼応していく中で、強固な繋がりに変わっていく。

自分の存在意義そのものを考えようとしすぎると、どうしても自分の価値に目が行きがちで、それは誰かより優れていることや対価として何かをもらえること、評価されること前提で考えてしまうから、自分なんて何もないと責めてしまう。

別にそんなこと考えなくてもよいし、考えても簡単に作れるものでもわかるものでもないし、ほとんどの人はそんなこと考えて生きてない。

年頃の女の子は恋愛や受験や流行りで盛り上がることが多く、まさに今作に描かれていた2人以外の周りもそんな感じで、そういう意味では2人はそれだけ良くも悪くも別世界で生きていたことがよくわかる。(というよりも生きざるを得なかったとも言える)

そんな状況下で、生きることが辛くなっていく様が、心が機敏で、かつ立場として弱い存在である2人だからこそ、より辛く痛々しく生々しく入ってくる。

みんなと同じような人生と自分が選ぶ人生。
誰もが後者を選びたいはずなのに、同調圧力と弱さや脆さで消去法的に、何も考えないままに後者の道を捨てて、前者が全てだと思い込んでしまう。
ここはもちろん二項対立になる部分ではない。

同質な部分に対しての共感や理解は示しつつも、それも含めた上での自分が考えて選ぶこと、自分にもちゃんと選択権があること、その選択肢としての知らない世界がたくさんあることを、まずは理解することが大事だが、少女たちにそれがわかるわけがない。
振り切ったどちらかでしか考えられないからこそ、生死を常に彷徨う危うさを抱えながら生きざるを得ないのである。

キャッチコピーについての個人的な解釈。
誰もいなかった。君が現れて自分にとっての誰かができた。
「君だけでよかった」
君のおかげで自分が少し変われて友達ができた。でも何かが違う。
君との距離も離れていったような気がして辛いし、もやもやが消えない。
そんなことなら「君だけ(の世界)がよかった」

世界でたった2人なら彼女たちはもっと自由に私を、私たちを生きられただろうに。

ラストシーンが物凄く切なくて強烈で、それでも弱さを乗り越えて強くなったミユリを表すそれ(ネタバレになるのであえて隠します)が、じんわり余韻と救いを残す。
人によって解釈は違うかもですが、個人的にミユリは生きることを選んだと思っています。本当にそうであって欲しい。

保紫萌香とモトーラ世理奈の演技が物凄くよくて、2人の織り成す世界が素晴らしすぎた。
本当に凄まじくセンセーショナルな傑作でした。

P.S.
枝優花監督ご自身の14歳の頃の原体験をもとに作品にしているみたいですが、サユリは枝監督自身で、紬は当時にいて欲しかった偶像のように思えた。
この作品全てが完全なる原体験だとしたら、本当に凄まじすぎる。
だとしたら川谷絵音がコメントしてるように、青春というどこか危うげな時期をこのように妥協せずに自分に向き合い続けられている2人を見て羨ましく思った。
自分と向き合ながら世界を広げようとすることは、自分を潰すことにもなり得るが、それだけ尊いことでもあると感じる。